2008年12月13日

サイエンス・サイトーク

私がこの番組を知ったのは、Podcastを聴くようになってからで、そのときはたしか本家のサイトも2005年10月の広瀬弘忠氏の回からしかありませんでした。それまでの出演者を見て、たとえば坂村健、山形浩生、川島隆太…… 聴いてみたくてたまらなかったのですが、しょうがないとあきらめていました しかし! 気がついたら2001年からの分が文字になっているようですね(前からそうでしたっけ? 気がつかなかっただけかな?)。これはラッキー! ……と思ったら、2004年は一部がまだでした。さっき名前をあげた坂村氏ほかのはまだ残念ながら読めないようです。文字に起こすのなら、ぜひ番組そのものを聴きたいのですが。

 wikipediaによると、番組の放送開始は1999年からだそうで、ぜひそれまでの分もPodcastにしていただきたいですね。これほんと、いい番組です。子どもたちの科学・理科離れが叫ばれていますが、まず大人たちがこういう番組を聴くべきですね(笑)。

 この番組の何がおもしろいか?
(1) 分野の最前線で活躍している第一人者が登場し、自分の専門をわかりやすく語っている。
(2) 実はそうした最先端の部分が、自分たちの生活にもかかわっている。
(3) ゲストの「ひととなり」がよくわかる。
 まじめそうなかた、おもしろいかた、いろいろです。ごくまれに、いいかげん(そう)な人がおられますね(笑)。しかし皆さん、専門の研究分野については誠実で、真摯です。ひととなりでいうと、つい先日放送だった心臓外科医の世界的権威である須磨久善氏が、「一流のドクターでもコミュニケーションスキルが重要」と言われたのは驚き! まさかこういうかたからも、こんな話が聴けるとは!
(4) 単純に、話がおもしろい。
 2008年3月30日放送の佐藤克文氏(東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センター准教授、海洋生物学)による「ハイテクな海洋動物学」では、「水中にずっと潜っていて、通常は10分程度で戻ってくるはずが20分以上かかってしまい、戻ってくるなり疲れてバタっと倒れ、肩で息をしているペンギン」というくだりがヒットでした(笑)。そんなことあるんだ〜(笑)。車の中で、Podcastを聴きながら爆笑していました。

 さて、ひとつ予言。今期中にIPS細胞を作った京都大学の山中伸弥教授が出演すると見た! 忙しいですかね? ノーベル賞に関連したかたのお弟子さん筋のかたとかは来年以降でしょうね。今年、小柴昌俊さんが出てきたので、田中耕一さんも近いうちに出てくれるのではないかと。私の希望としては、ほかにインターネットラジオ局「くりらじ」の「おびお」こと中西貴之氏(この番組向きだと思います)、宇宙飛行士関係のかた、アルツハイマーの「アリセプト」開発者のかたがたあたりを聴きたいですね。

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2008年11月24日

サイエンス・サイトーク/大前研一氏「予測力を高める方法 2008/3/9」

サイエンス・サイトーク/大前研一氏(経営コンサルタント、経済評論家、ビジネス・ブレークスルー大学院大学学長)「予測力を高める方法 2008/3/9」

このところ、大前研一氏にいろいろなところで出会っています。いいことをいっておられますね。必ずしも好きではなかったのですが、ふだんの生活でもヒントになることがたくさんあるように思います。

・ 1995年に東京都知事選に打って出て、青島幸男氏に破れた。当時は勝つ予測をしていた。思い出したくもない。私は日本を何とかしたいと思い、23年勤めたマッキンゼーを早期退職して、提言を書いた。東京だったらこうする、日本だったらこうするという「平成維新」という概念を書き、文藝春秋に「日本改造計画」として「新薩長連盟の形成」、要するに明治維新の時の薩長連合のような知事連合を作ろうと。この計画だと東京の財政もよくなるし、日本もこんなによくなるのだから、理解してくれたら投票してくれるだろうと、こういう想定のもとに自分の全財産、6億円使ってやった。マッキンゼーの退職金を全部持って行かれたのだけど、どこで予測が外れたかというと、投票者というものを私は理解していなかった。マーケティングと同じだろうと、そっちはやっていたが、「合理的な選択をしない」というのが私の予測の外れたところ(笑)。
・浮動票、無党派の人がいるということはわかっていた。ムードがここまで選挙を支配すること、たとえば青島幸男さんはずっと続いてきた鈴木都政に対して、東京に何をするというより怒りだけを言ってきた。その怒りが共感を生んだ。またあとになって反省して文藝春秋より「大前研一敗戦記」というのを出したんだけど、それで足を洗って成仏した。
・そのときに私が政治が無理だと思った最大の理由は、実は「政策には何の意味もない」ということ。青島さんが選挙の時に言ったことは「都政から隠し事をなくします」というこれだけ。他に何をするといわないし、またそれが具体的に何を指すのかわからない。私がそのときに自分の反省を込めて感じたのは「これはすごい大和言葉だな」と。私だったら「透明性を増す」とか言ったはずなのですけど。この人はシナリオライターだけにすごいなと。そのときに瞬間的に思い出したのはテレサ・テンの「愛をつぐなえば別れになる」と(笑)。冗談じゃない、なんで愛をつぐなったら別れになるんだと。私なんかどっちかというと「恐い」と引いちゃうんですけど。これが私が負けた理由だと。私は悔しいからしばらくオーストラリアに行って砂漠を走っていたけれども、そのときに突然、自分にはこの「愛をつぐなえば別れになる」が言えないんだよねと。だって愛をつぐなったら一生懸命もっと愛せばいいじゃないかと(笑)思うのに、別れになっちゃうというのは自分のロジックにはない。「都政から隠し事をなくす」、これが政治なら自分には無理だと。「丸の内の坂本竜馬」といい気になって経営改革はできても、都民の心に響く言葉は私は出せないと。永遠に出せないと。私が育ってきた環境は問題解決をするにはどうしたらいいかとか、こんなことで飯を食ってきたから。
・私のトレーニングというのは原子力のエンジニアですから。そういう傾向があって、マッキンゼーにいって経営の改革とかできるようになって、これはかなりソフトな面もあるのですけど、しかしとげ抜き地蔵にいっておばあちゃんのてをさすりながら1票取っていくしんどさというのはやっぱりすごいなと(笑)。青島さんはそれを的確につかんでいた。
・多くの友達がもう一度やってみたらというが、私は乗らないよと(笑)。私は今、人材育成をひたすらやっている。できることは人材育成とか経営コンサルタントとか、あとは日本改造のプランとか、考えたことは何でも紙に残しておこうと。私は自分の適正が政治家には向いていないと悟った。予測が失敗したというか、自分の能力と、都政を直すという能力には自信を持っていたし、やらしてくれたらかなりやっただろうと思いますけど、でもそういうものじゃないんだなと。政治はもっと優しい言葉で、選挙民に対しては若干「浮く」ようなこともいわなきゃなんない。私はそれができないから。「餅は餅屋」なんだから、自分がそれに向いていなくてもやることはいっぱいあるのだからいいじゃないのと、足を洗った。
・私が死ぬまでには人材を残したい。もう一つ、日本はこうしてもらいたい、こうしたらいいんじゃないかというのをまとめたい。できたら養成した人材の中からそういうことを専門にやってくれる政策提言の集団のようなものを作り上げたい。これは自分で十分できる範囲だし、従来の延長線上でできると思っているので、それやって死んでいったらちょうどいいのではないか。
・「SAPIO」という雑誌に書いたことだが、「ブレイン・ジャパン」というのを作って、政党によらず、「日本というのはここまでできるんですよ」、「世界ではこういう事例もありますよ」と、もう少しわかりやすい政策提言集団というのを出す。今、知事が集まってどうのこうのといっているが、日本の政治に染まった人たちというのは物事を単純化して考えすぎる。消費税を使うとか、年金をどうするとか、「イエスか、ノーか」と来るけど、世の中はそういう単純なものじゃない。本当に考え抜いたらこういう政策が必要ですよと、それからゼロベースで作り直さなければならないことがたくさんある。自分としてはそういうのを全部書き出して、すべてのジャーナリストの人とか、市民のリーダーの人たちに懇切丁寧に説明していくためには、人数がいる。そういうふうな人たちを全国に回らせて、理解されていないのはどういうところかとフィードバックをいただいて作り直すという、これはサッチャーさんのやったシャドウキャビネットの役割なんだけど、こういうことをやってったらいいのかなと。

・(日垣)道路公団の民営化が出たときに、大前さんは「腐りきった組織がのさばるだけだ」と。また「民営化するということは未来永劫有料化」と、本質的なことをズバリとおっしゃった。これはカンでおっしゃっているわけではない、と。
・事実からいうと、道路公団はもともと吉田茂さんのころの法律で、20年たったらつぶすことになっていた。あまりにも税金が足りないので、有料道路を造って、20年たって道路ができたら解体しましょうと、こういう約束でできた。それを何で、民営化という形で恒久化する必要があるのか。民営化すると株主は国民になるから、国民が株を持っているものをつぶすわけにはいかないとなる。これは約束違反なのだ。世界中を見てみると、民営化した道路なんてほとんどない。道路というのは、先進国はだいたいタダ。そういうことから、国道0号線というのを作って、国道1号線以降+国道0号線で、必要なものは税金でやると。そのかわり、28兆円も残してくれた道路公団の借金、これは現役世代が返しましょうと。次の世代は絶対に返せないから。私はプレート課税というのを提案した。乗用車は1万円、トラックは10万円、高速道路で払ってくださいと。払った上で、そのプレートをつけている車はタダで通ってくださいと。それで払ってない人、自分は絶対に高速道路に乗らないという人はピンクのプレートをつける。10年たったらこの借金は消える。そうしたら次の世代に28兆円残さなくて済む。道路公団の奴らは28兆円の借金と利息を含めて50年引き延ばしてしまった。私のいうようにしたら、道路はこれから税金だけでやっていけるし、今のガソリン税が13兆円あるので、これで十分やっていける。道路族が提案している日本全体で2万8千キロの道路も、全部できる。だからこれをつぶして、公団もいらない、国道0号線で終わりだと、こういう提案をしている。
・これは予測したわけではなくて、事実として、吉田さんの時に20年といったのだから。歴史的な事実と世界的な傾向をふまえて。ただこんなことをしたらろくでもない組織が残って、どうしようもなくなるという予測はした。結局その通りになって、道路公団に新しい道路を造ってくださいと頼んでいるけど、高速道路は税金で造って構わない。借金はどうしても返さなければならないので、これについては日本の次の世代は絶対に返せないと、人口が少なくなっていますから、だからこれについては現役世代が返しましょうと。現役世代がゆとりあるうちに返さないと返せませんと。これはほとんどの人はわかっていても、知りたくないのではないか。自分が払うのが嫌だという話。
・私は自分のメディアを持ち、自分で出版をして、自分の放送局を持ち、自由なことを言えるためにスポンサーにも依存しないで、全環境を整えているので言える。
・日本の将来のことを考えると、エスタブリッシュメント側についた発想ではダメ。国民に対しても、こういう苦しみがあるけれども一緒に耐えましょうというのがリーダーの役割。甘いことばっかり言って票がほしい政治家の人たちがこれをやるのはむずかしいし、私自身も1回やってみて、これがいかにむずかしいかということがわかった。
・今の日本人の平均年齢が49歳。社員の平均年齢が49歳で、会社がどのくらい活性化しないかわかるだろう。2025年には国民の平均年齢は59歳になる。米を作る人の平均は今日59歳。ここにお金をつっこんで生産性が改善するのかと。日本にとって一番恐ろしいのは年齢構成。改革をするためには若い人たちが、自分たちの将来があると思ってやらなければならない。ところが若い人たちが抵抗しないように、偏差値か何かで育てているので、だから私は若い人たちに怒ってくれと叫んでいるのだが、怒らない。金利0.1%で怒らない国民は日本だけ。日本人は怒らないように教育されている。
・今私は株式資産形成講座をやっているが、半年ぐらい勉強していただくと、世界の常識的な資産運用の方法がわかる。受験をあれだけ一生懸命やるんだったら、その何分の1かの時間と努力で十分できるようになる。歳はいくつでもOK。使うのは加減乗除と鶴亀算ぐらい。小学校でもできる。世界の、われわれと同じようなサラリーマンが、たとえばイタリアではどんな資産運用をしているのか、イギリス、シンガポール、アメリカ…… 一番すごいのはオーストラリア、去年国民の平均が11%。そういう国ではどんなことをやっているのか、興味を持たないのかと。私には不思議でしょうがない。それでFPを呼んできて、0.13% と0.15%の金利の違いを説明するのは、よその国では「目くそ鼻くそ」の世界。そこで満足する理由は、「答えはこれだ」と教えてもらって、銀行金利はこれくらいと、当たり前と思ってしまう。
・家やマンションを買うかどうかという意志決定は、人生の中で一番大きくなってしまっている。これには大きな疑問を持っていて、まず「買うべきかどうか」からスタートする。何を基準に決めるかというと、自分の身体に通勤がどれほど危害を加えるか、つまり自分の働く環境をベストにしていくためには、通勤の負担をうんと少なくする必要がある。少しでもお金があれば自分に投資して、少しでも会社で仕事ができるようにするために投資をする。それは学校で教わったことではできない。そうじゃない勉強を自分でしてみる。その投資の最大の原資は時間。その通勤の時間で2時間浮かせたら、年間では18,000時間浮く。そこで何をやるか。自己投資をして、稼ぐ力をつける。稼ぐ力をつければ、家はどうやって買うかとか、金利がどうかなどは非常にマイナーな問題になる。21世紀は収入格差が300万と3億で100倍になる時代。3億稼ぐ人は世界にはざらにいる。
・これからの時代は、当たり前のことをする人は、中国やインドにホワイトカラーでも仕事も持っていかれる。今、コンピュータプログラムはインドに持っていかれたら、それ以下の値段じゃないと日本では受注できない。だからプログラムにしても、お客さんの業態にあわせた提案ができるとなれば、お客はその人に3億円払う。実は300万円と3億円はちょっとした違いに過ぎない。スキル的にはほとんど同じ。そこでちょっとひねって、おたくの業態ならこんなふうにしたほうがいい、そのためにはパッケージで、などとやれば10億浮かせられるかもしれない。そうなれば3億惜しくないと。価値を提案できる人というのは、知識やスキルではそんなに違いがない。心がけとかオリエンテーションに違いがある。
・価値が提案できるようになるためには、自分が3億円稼ぐにはどうしたらいいか、毎日考える。それは相手が30億少ないやりかたでできるのか、ようするにお客さんのことをひたすら考える。経営においては「稼ぐ力」と「影響力」はほとんどイコール。世界で見ても、インパクトのある提言を出せる人が高い給料になってどんどん進んでいく。それがインド人であれ中国人であれ韓国人であれ、という時代。国際的な場に出て飯を食っていくことができるか、これを1回やってみればわかるが、藩基文が国連総長になって、韓国人にはものすごい光明。がんばればあそこまでいけるんだと。すごくいいエグザンプル。
・金利の低い時代の住宅価格は安い。金利が上がると住宅価格も上がる。それは自動的に調整されてしまう。この二つは等価になるように計算されているので、あまり苦労して計算してもはじまらない。どっちがトクかということは結局ふたを開けてみなければわからない。リスクをゼロにしようと思えば固定にしなければいけないし、その裏が変動で、価値としては同じ。違うように思うかもしれないが、馬券を買うのと同じ。どれがアタリだったかという話で、結果的にふたを開けてみればイコールだったと。固定金利と変動金利は、今のリスクの考えかたでは等価になっている。だからどっちでもいい。固定して安心すると思った人はそうすればいいし、低金利でいってあとで後悔してもいいという人はそうすればいい。等価ということをわかってほしい。今日為替を予約(ヘッジ)してみて、後になってラッキーだったかどうか。運の問題だけになる。

 最後のあたり、たしかにおっしゃるとおりなのでしょうが、安い金利になれていたものが3年とか5年経ってドンとあがればやっぱり大変でしょうね。私は住宅ローンについてはまったく知識がないのですが、まだしばらくは低金利が続くような感じですね。「金利うんぬんより、稼ぐ力をつけろ」とおっしゃる点には賛成です。

【サイエンス・サイトーク】
大前研一「予測力を高める方法」2008年3月9日放送
大前研一「財産を使い切って死ぬには」2008年3月16日放送

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PRESIDENT 2008.9.1号 その1
THE 21 2008年11月号 その4
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2008年10月10日

サイエンス・サイトーク/高野進氏「誰でも伸ばせる運動能力 2008/3/2」

サイエンス・サイトーク/高野進氏(日本陸上競技連盟強化委員長、東海大学准教授、スポーツ心理学)「誰でも伸ばせる運動能力 2008/3/2」

前回のサイエンス・サイトーク/高野進氏「もっと速く走る 2008/2/24」はこちら。「走る」ということに前回は特化して述べていらっしゃいました。高野氏には著作もいくつかあります。実は私はまだ読んでいませんが、二軸走法については「高野進流 日本人のための二軸走法―スプリント革命!」という本があります。機会があればぜひ読んでみたいと思っています。

 さて、今回は「走る」を超えた話が出てきます。

・種目によって特殊性があるので、体操競技を20歳からはじめるのは無理がある。スキャモンの発達曲線という有名なものがある。運動神経系はかなり早い時期、生まれてからどんどに発達するなど、それぞれの機能の発達の度合いがちがう。脳がいろいろな動きを覚えるときというのは小学校に上がる前あたりから、通称「ゴールデン・エイジ」と呼ばれ、低学年ぐらいまで。いろいろな運動能力、運動神経系を発達させるには、このくらいの年齢が一番よいといわれている。
・10歳ぐらいまではいろいろなことをやらせたほうがよい。今成功しているプロの選手でも、その種目だけをやっていたわけではない。いろいろなことをやっているという選手を聞いている。ゴルファーのアイちゃん(宮里藍のこと?)もバスケットやっていたりとか…… ですから頭の訓練、脳の訓練としては単純な運動だけを覚えていくと応用がきかないし、動きの次のアイデアが浮かばない。ですから私は子どもの時にはスポーツという概念はあまりなくて、遊びという中で、命をかけた遊びをしていた(笑)。田舎に生まれて、山の河原に遊びに行ったときには、岩と岩の間を飛んで超えたりとか。落ちればたぶん死ぬかもしれないというところを平気で行ったりとか。木に登って猿みたいに隣の木に飛び移ったりとか。子どもなりにスリルを求めて、一か八かというようなことは(笑)やっていた。そういう運動能力の鍛えかたは、現在では危険な遊びはできないので、そういうプログラムで考えて、指導するときにやっている。バランス運動とか、飛び移り運動とか…… そういうゴールデン・エイジの時にどれだけ運動するかがまず一つ大事。
・岩を飛び移るときは「足裏感覚」で、ずれたときにどうバランスを取るかとか、どの程度滑るかというのは学習していく。0.01秒ぐらいなら大丈夫だが、長く乗っているとズルッと行っちゃうとか。そういった遊びは実は有効なトレーニングにもなる。
・子どもの教室は7歳、小学校1年生から。まずは人の進化の過程をたどる。四本足から二本足のバランス運動。人間はコミュニケーションが大事なので、仲間と遊びの中でバランス運動をしたりとか。それからだんだんグレードが上がっていくと跳んだりはねたりバネをつけていく運動とか。小学校高学年、中学校から専門的な、跳んだりはねたり投げたり。中学2年ぐらいから陸上のハードルに出ましょうとか、100mやりましょうとか、できたら複数の種目で。
・「跳んだりはねたり」は、具体的にはスキップ。昔やっていた「ケンケンパ」でミニハードルを置いたりとか、台と台の間を飛んだりとか。一ひねり加えると同時に、子どもは競争が好き。最後は必ず競争とかリレーを入れる。将来的に末続(慎吾)とか日本のトップランナーの動きにつながるドリルをやっているが、それができはじめてくると将来が楽しみだなーとなる。
・はじめて日本新記録を出したのは21歳の時。当時は27歳ぐらいが限界といわれていた。今、アンチエイジング(抗加齢医学)というが、私の場合はアンチエイジングという意識は持っていなかった。サクセス・フレイジングとしか思っていなかった。年を取ることが恐いとか、ネガティブなイメージは今でもまったくない。20代の前半、中盤、後半でたしかに失っていくものもある。しかし逆に伸びていくものもある。それはトータル的な自分の哲学であるとか、自分の身体の使いかたであるとか、ピーキングの持っていきかたとか、環境を先読みして自分が行動できるとか、そのバランスの中でまだ伸びるバランスがあると思ってずっといった。私はアンチエイジングという考えかたが嫌い。つまり失っていくものがある代わりに、伸びていくものがある。そのバランスの中で社会は成り立っているし、そのバランスで先輩後輩ができてくる。年長者から学ぶもの、年長者は若者に対して「これをやれ」と命令できるものが出てくる。体力が低下していかなかったら、年を取っても働かなきゃならない。
・競技をやっていく中でもそれはあって、25のときはこういう練習ができた。でもサクセスフル的に「30になったらもう練習量は落としていいんだ」と、逆に私はうれしかった。年取ったから、若い時みたいに練習やらなくていいと。そのかわり、記録を伸ばすためのことを考えようと。イメージを高めたりとか、効率的な走りを研究したりとか。10年前には思いも寄らない感覚があったりとか。その中で記録が伸びていった。
・引退の時には生まれ変わり(リボーン)といった。記者は気軽に「引退」を口にする。プロであればある程度言わなきゃいけないとは思うが、アスリートとしては引退は死ぬときと同じ。アスリートじゃなくなるので。人間で「いつ死ぬんですか」と聞かれて「何月何日に人間やめます」みたいなものですから。ではなくて、「終わったとき」は「終わったとき」という私のスタンスがあった。アメリカに1年間、34歳の時に行ったのは、変な言いかたになるが「死に場所」を探しに行った。コーチになるつもりで行ったわけではない。オリンピックの後で、日本で走るとマスコミがすごく注目するし、自分の死に場所を探すのはやりずらいと思った。海外で、走って走って、もう終わりと言うところまで走ろうと思ってアメリカに行って。で、ある時、200mをまっすぐ走れなくなった、走りきれなくなったので、さすがにスプリンター高野はもう終わったなと思って帰ってきた。で、会見しろと言われたので、「今ここにいる私はもうスプリンターではありません」と。「スプリンターが産み落とした子どもです」と。
・コーチにはいまだになろうとは思っていない。自分自身が走りたいだけ、走るという世界を追求したいだけ。そのときに仲間が増えてきた、仲間が学生だった、まだ走りかたもわからない学生に自分のイメージを伝えて、どう表現してくれるか見てみようとか、そういう世界。
・末続のような選手を教えるのと、東海大学の学生を教えるのは、ちがうといえばちがうし、ちがわないといえばちがわない。子どもを教えるのも、マスターズのかたと走りを磨くのも、一緒といえば一緒。
・生きているかぎり、遅いとか手遅れはない。もちろん70歳からオリンピックを目指すのはむずかしいが、自分の中で今持てる目標に向けて、いつだってスタートできると思うし、それは周りがとやかく言う問題ではないと思っている。
・70歳から短距離を始めようという人は、好奇心というのか自己表現というのか、年をとっていったら引っ込んで、若者にまかしておこうとかいうことではなくて、自分の年齢を感じる。たしかに若いときと比べて体力は落ちてくるし、タイムも落ちてくる。自分の年齢を感じるということは、そうした自分をスポーツの中で受け入れること。あえて人前で走ってみる。私も2年ぐらい前に1回出た。後でビデオで見たらすごくみっともないフォームだったけど、それが今の自分だと、自分で受け入れる。そこから、「若いときはそうじゃなかったんだ」というのではなく、「これが今の自分」という形で、それを確認し、表現していく段階に入ると、そうした試合に出るのも嫌ではなくなるのではないか。
・これまでのいろいろな調査では、子どもの体力は全部落ちている。伸びているものはほとんどない。ゲームで使う脳はごく一部。筋肉もごく一部。ゲームの中で、あたかもすごく運動しているように思えたとしても、残念ながらまったく。
・脳は、実は身体を動かすことによって神経で刺激が帰ってくる。泣くから悲しいとか、笑うからうれしいとか、行動が脳に刺激を与えている。だから私は、行動は「考動」=考えて動く、逆に読めば動いて感じる・考えるということ。まずは動くことが脳に刺激を与えることで、もっとも大事なこと。五感、指先のこまかな動きから大きな動きまでをするというのは頭を鍛えることだ。
・私が推奨しているのは「コミュニケーション・ランニング」。昔、アリストテレスは歩きながら勉強会をしたという。私も自分で壁に当たったときは走りはじめる。走りながらいろいろ考えるとアイデアが出てくる。学生のいろいろな悩み相談を研究室でやっていたのだが、「次に来るときはランニング・シューズをはいて、ジャージーを着て来なさい」と。で、一緒に走りながら相談に乗ったら、発想がだんだんポジティブに変わってくる。これは同じ方向を見て、自らも動いて、歩調を合わせて、まずは相手のことを気づかう。ペースとか、息が上がってないか、話ができるペースかどうかとか。なおかつ気持ちも身体も前進している。暗い部屋にずっといて悩むと堂々巡りなのだが、外に出て景色が変わって、自分自身が前に進んでいる中でいろいろ考える。それを同じようにパートナーがそれを受けて、共通の話題を自分自身と一緒に動いて考えてもらう。これは1回だけでなく、繰り返してやっていくと、自分自身の身体がすごく変化していくことに気がつく。前は30分ですごく苦しかったのに、同じ距離を30分ですごく楽で、20分でゴールできてしまったとか、自分の身体は反応して前に進んでいるということがわかる。それがわかると、よりポジティブな気持ちになっていく。だから、身体を動かしながら頭を使うことはいいことなんだなと。
・一人でもくもく走るより、コミュニケーションしながら。倦怠期とか(笑)、夫婦で新しい話題が出てくるかもしれない。
・学生たちの進路の悩みなど、走ることで前向きに解決していくのだが、行きすぎることもある(笑)。「よし、これもやってみよう」とハイテンションになりすぎて、現実離れしてくるとか(笑)。その辺は冷静に考えないと。要するに、脳はリズムに弱い。走りのリズムの中で、脳はだんだん気持ちよくなってくる。その中で酔ったような感覚になったり、トランス状態に陥ったりすることもあるので、使いかたには注意が必要。
・一人でもくもくと走ると、自分の世界でリズムに酔ったりするので、第三者といることで正常なリズムを保てる。また歩くより走るほうがなぜよいかというと、弾むということ。弾むと転がるはちょっとちがう。弾む気持ちというのが大事かなと。なおかつ、両足が地面から必ず離れる瞬間がある。これは一歩一歩が不確実な着地に向けてのジャンプである。歩きというのは「石橋をたたいて歩く」ように確実に歩くのだが、走るというのはある意味「冒険」であり、自分の中の「えいっ!」と思いきった気持ちがそこであらわれる。走るというのはそういう気持ちを常に持ち続けたいということ。
・二軸走法は自分の教室でも教えていて、まず竹馬から入る。私たちの身体は四本足の動物とは明らかに走るメカニズムがちがう。二本の足で立っているので、二本の足で「倒れ込み力」をうまく使って、交互に足を出していく。それは竹馬感覚が一番わかりやすい。それができてくると、子どもたちは勝手に竹馬で走り出す(笑)。
・小学生では、竹馬ができない子はいない。大学生では、まったくやったことがない人では、どうしてもできないという人もいる。大人になると、やったことがない人では、今すぐにやれといってもまず無理。
・一輪車感覚もいい。重心を乗せて足を動かすので、一輪車も取り入れようかなと思うのだが、自分ができないので(笑)。自分ができるようになってから(笑)。乗ったことがなかったので。
・走るということで記録を出している人たち、野球やバスケットなど走ることを基本にしている人、サラリーマンで電車に乗り遅れそうな時にしか走らない人(笑)、いろいろな層があるが、走ることを合理的にするとか、疲れないようにするとか、共通する方法については、日常の階段を上るとき、廊下を歩くときに意識する。私は練習は今ぜんぜんしていないけど、普通に階段を上がるときに、頭の中で「100m決勝」と思いながら上がる。タタタタタって(笑)。今はそれで十分。もっと早くなりたいと思えばトラックに出るだろうが、普通の日常生活の中で、特別にシューズを買ってどこか別の場所でやるという時間を持つのはむずかしいから。ほんとに数歩、三歩でも四歩でも「走る」という意識を持てば、身体のキレが全然違ってくる。昔スポーツをやった財産がなくてもよいが、教わらないとむずかしいかも。いきなり自分でやっても……
・希望を失わない、楽しいという感覚を失わないために、走るということが苦しくなっている人に対しては、走りたくなければ走らなくてよい(笑)。無理にモチベーションをあちこちから持ってきて高めるのがほんとうにいいかどうか。
・ただ、私は「日本人総アスリート計画」を持っている。私は車いすでも寝たきりでもアスリートだと思っている。自分がいまできる身体パフォーマンスというものを。常に、人を意識する、あるいは自分を意識するということ。人間は一人では生きていけない。動物界ではきわめて弱いのが私たち。どんなに強い格闘家でも、ひとりぼっちでは生きていけない。だから、自分のパフォーマンスを認めてもらうことで強さが表現できる。弱い人間でも、自分の中の生きている何かを、第三者に認めてもらえないと生きていけない。そういう意味で、アスリートは身体の所作、身のこなしにメッセージを伝える。自分の身体で表現し、言葉で表現し、自分の意識を、気持ちを表現する、という意味で身体表現である。それがアスリート「化」、「日本人総アスリート意識」。何かデジタル信号を送れば自分の意志が伝わるとか、メールだけの交換とか、それでコミュニケーションするのではなくて、私たちは本当に弱い生き物なので、みんなが五感をフルに使ってコミュニケーションする、じゃあどうやっていいかわからないからアスリートになりましょうと。アスリートとして、何か日常生活をやってみましょうと。無理に走らなければならないとか、スポーツしなければならないとか、そういう脅迫概念を持ってやることもない。自分の身体とまず自分で対話して、それを他人に表現する、見てもらうことが大事。

サイエンス・サイトーク/高野進氏「もっと速く走る 2008/2/24」はこちら。

【サイエンス・サイトーク】
高野進「もっと速く走る」2008年2月24日放送
高野進「誰でも伸ばせる運動能力」2008年3月2日放送

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2008年10月09日

サイエンス・サイトーク/高野進氏「もっと速く走る 2008/2/24」

サイエンス・サイトーク/高野進氏(日本陸上競技連盟強化委員長、東海大学准教授、スポーツ心理学)「もっと速く走る 2008/2/24」

高野進氏、名前はよく知っていました。バルセロナの決勝もテレビで見ていました。短距離種目でオリンピックファイナルに残ったのは64年ぶりとのことで、当時テレビにかじりついて見ていました。私の中では「ただ足の速い人」(笑)。しかし、このトークを聞いて、私の認識は誤りだったことがわかりました。走ることは哲学です。走ることで頭は良くなると断言します。この回および次回は必聴です。

・私がオリンピックを意識したのは標準記録を突破したとき。それまではオリンピックを意識したことはなかった。オリンピックは特別な存在で誰もがそれを目標にできるわけではなかった。ただ、走ることへの思い入れは昔からあった。
・100m、200mと400mでは走る人にとってはずいぶんちがう。400mは酸素を極力取り込まないで走り続ける競技。酸素を取り込んで、グリコーゲンや脂肪を燃焼しながらという走りでは、あまり早い動きはできない。どうしても長距離的な動きになってしまう。ところが、あるレベル以上のスピードを出すと、酸素を取り込むことができなくなって、無酸素状態で動く。それは42〜3秒が限界。400mの世界記録が43秒(43秒18、マイケル・ジョンソン(米)、1999年)。限界まで動き続けるということで、日常の動きの中では持久的に駅まで10分走るとか、ダッシュで階段を駆け上がるということはあるだろうが、40秒間全力で走るというのはない。夜誰かに襲われて逃げるとか、生命の危険に瀕したときとかにしか発揮しないエネルギー系。
・200m走っていた高校生が、同じペースで400m走れば持たない。苦しみたくないので、できるだけ最後まで走りきりたいという気持ちで、私の場合は最初手抜き走法から入った。結果的には400mに転向したことが自分にとってはよかった。
・リレーは陸上競技の最後の花形。対抗戦(インターハイ、インターカレッジ)では4×400mリレーで勝つと、すべてで勝ったような気持ちになる。だから高校・大学の指導者はリレーを強化する。私もその強化する中で指名された。高校時代私は100m、200mをやっていて、当然400mチームも横目で見ていたけれども、練習を見ると、本当に気の毒なくらい苦しい練習をしている。ゴールした後に倒れ込んだり、もどしたり…… 「よくあんなことしているな」と横目で見ていたのが、2年生の時に「400mをやりなさい」と。「がーん」「ついに来たか」と。
・その前は棒高跳び。高校に入った当初は顧問の先生が「キミはちょっと短距離では通用しない」と言われた。幅跳びや三段跳びとかハイジャンプはもう今からやっても通用しないが、棒高跳びは選手層が薄く、専門的な種目なので、一生懸命やれば高校時代の良い思い出作りになると。それで棒高跳びをやったら結構おもしろくて。走る競技では、急に早くなったりとか、急に走りが良くなることはなく、徐々に早くなっていく。しかし技術系の種目はいきなりタイミングがあって、10cm、20cmバーを超えたとか、形になってあらわれるので、熱中しはじめた。この棒一本で「次は3m」、「次は3m50cm」と目標が毎日ある。人一倍練習するようになり、4mぐらいまで一気に行った。
・これはなかなか素質があるということで、張り切ってやったのだが、高いところを飛ぶには、棒の高いところを持つ必要がある。しかしリスクとしては、ポールが起きにくくなる。上を握れば戻ってくると。で、あるとき頂点近く、4m近くで戻ってきてしまって、後ろに行くとマットがない。4mから飛び降りるとボキッと膝がいって、棒高をやめた。痛かったし、恐いということもあって。
・400mに移ったことで、走るということに対し、小学校の運動会のようにがむしゃらに全力で走ると、それでは持たない。同時に、マラソン大会のようにペース配分で「吸って吐いて」では通用しない。だからある程度のスピードを維持しながらそこでリラクゼーションをしなければいけないという、「全力疾走なんだけど全力を出していない」という感覚が400mをやってわかった。
・ボールでたとえれば、ボールを転がすのが「歩く」。地面にどこかが接している。「走る」はボールを弾ませていく感覚。宙に浮いてくる。子どものころから成長期にかけては、ボールにたとえるとどんどん空気が入ってくる。弾む身体になってきて、走りたがる。だいたい女性あたりだともう中学ぐらいから自体重が重くなり、走ることに対して少しかったるいなと思いはじめる。はずまなきゃいけないんで。それが中高年になってくると完全に空気が抜けてくる。だから転がるのは簡単。いくら体重が重くても、弾まなくていいので。足を出したら次の足を出せばいいので。だからウォーキングはすごく楽。走るのは一大事。
・(高野氏の勧める)二軸走法では、腰はなるべくひねらない。われわれは外的なエネルギーをうまく使わないと早く走れない。内的なエネルギーというのは筋肉。外的なエネルギーの代表的なものは地上においては位置エネルギー。重力に対し、ある位置にあれば、落ちていくときにエネルギーを持つ。棒のように立ててあるものが倒れるのも位置エネルギー。それを利用するのが振り子。球が一番上にあるときには位置エネルギーが一番たまったいる状態。下がっていくときに、位置エネルギーを使っていく。
・もう一つは運動エネルギー。これは、動いている物体はエネルギーを持っているというもの。落ちていくときは運動エネルギーがだんだんたまっていく状態。加速がついて。位置エネルギーはだんだん減っていく。だから位置エネルギーと運動エネルギーは相互に与えあっている。だから振り子はずっと動いている。振り子が一番下に来たときには位置エネルギーはゼロ、しかし加速は一番つくから運動エネルギーはたまっていってまた位置エネルギーを作りはじめる。
・この振り子の理論を使って歩く。逆振り子で、メトロノームのように。これが1本、片足だと転んでしまう。ところが位置エネルギーを使って落ちていくときに反対足でつく。つまり逆振り子を二つ使う。二つの振り子を交互に振って歩いていくと、倒れ込み力を使ってうまく歩ける。竹馬がそう。
・そこでねじると、振り子がうまく働かなくなる。振り子は前後の運動で、そこで上で回転運動するとおかしくなる。
・飛脚とか、日本人は昔そういう走りをしていた(ナンバ走法)。日本人だから二軸走法なのではなく、世界中でそのような走りかたのほうがよいと思っている。私たちが高校の時ぐらいまでは、明治維新でずっと西洋の文化、スポーツ、科学を取り入れてきて、スポーツの中で走るということに関しては膝を高く上げ、腰を大きくひねって走るというのが教科書的とされてきた。ところがそういう情報が浸透して行くにつれて、日本人と世界との差がどんどん開いていった。情報が入る前のほうが、日本人は健闘していた。今から70年ぐらい前、独自のやりかたで。どんどん情報が入ってきて、日本中で西洋的なトレーニング方法とか技術論をとりいれて、それが隅々まで浸透しはじめたら、タイムが伸びなくなってきた。
・指導するにあたって、技術に関してはかなり細かく教える。基本に関しては。基本というのは私が考える動き作り。ドリルでいろいろと、膝をこの角度で上げてハードルを踏み越えるとか、その動きは、全力疾走のある感覚を切り取ってデフォルメしたイメージ。そこはある程度共通の感覚になりたいと。ところが、基本的なドリルをやった後で、自分で走らせてみると、今度は基本から自分の世界に取り込んで、基本を自分の形として表現していく。そこであまり細かいことは言わない。
・走るときはさまざまなものがかかわってバランスが取れている。その一つを変えると全部が狂ったりする。部分部分で切り取った動き作りの中で、脚の接地と腕の振りのタイミングをあわせるとよい踏み込みができるといったような技術的な話はそこでやって、走るときは自分でタイミングを探しなさいと。そこまでは教え切れない。
・リラクゼーションについて。運動学習の段階にはいくつかある。まず、まぐれでできた段階。それがある程度定着する段階では、まだ荒々しい技術で力みもある。次に高いレベルの動きがなんとかできる段階では、洗練された動きになってくる。そこは意識していて、まだ少し力が入りながらも、そういうふうにしている。それが定着してきて第4段階を過ぎ、自動化まで行くと、力みが抜けてくる。箸の持ちかたを外国人に教えると、すごく力が入っている。もう疲れるぐらい(笑)。箸で食べると手が疲れちゃって大変とか(笑)。日本人はぜんぜん疲れない。なにも考えていなくても、箸を置いておけば普通に箸を取って。ずっと持っていても苦しくない。外国人は手がつっちゃう。
・走りとか運動も同じように、最初覚えるまでは力んでしまうのだけど、一つは動きが自動化まで行くかどうか。そうするとリラクゼーションできるようになる。運動学習の最終目標は運動の自動化なのですけど、まちがえた形で自動化するとよくない。スキーでも我流で気持ちよさそうに滑ってはいるけどすごく格好悪い、でももう変えられないといったような(笑)。走りかたでもそういうかたがいっぱいいらっしゃって、子どものころからすごい個性的な走りかたで変えられない。
・次の段階で、天才スプリンター、天才アスリートというのは自動化したものを壊し、さらに高いレベルで作り直し、また自動化するということができる。そういう意味で「頭がいい」。それは観察力ではなく、脳の力。脳で運動プログラムを何回も壊して、作り直す。脳の中のプログラム、学習。なかなか物覚えが悪いかた、不器用なかた、コツがつかめないかたというのは、そういうプログラムがなかなか作れない。運動の単位として神経が筋肉の隅々に行っているが、指令がうまく出せないと。勉強の天才と同じように、運動にも同じことが言える。
・陸上には動きの良さと同時に排気量の大きさ、筋肉がエンジンなので、エンジンの大きさが影響してくる。どうしても筋肉のタイプが別れていて、速筋繊維と遅筋繊維、速筋は早く収縮する筋肉、遅筋は遅く収縮する筋肉だけれども、この割合はある程度先天的に決まっていると言われている。サラブレットからはサラブレットが生まれると。先天的な骨格や筋肉のタイプが優れている人で、なおかつ身体を操る神経系とか脳も非常に優れていて、なおかつ高いモチベーションがあってスケールの大きい人物が勝つのじゃないか(笑)。
・走るという単純な行為の中に、ある時すごく気持ちのいい瞬間がある。気持ちがいいというのは推進力を感じているときの、自分の今までにない感じ。それを、「もう一回あの感じで走ってみたい」と。練習中に1本やってみて、足の接地と腕振りと重心の移動がぴったり合って、そのときの感覚はたしかにすごく気持ちいい。自分の2本の足でこんな速度が出ているという。
・その感覚は、年齢的なものもあるけど、けっこう続くのではないか。私たちはこの走るという根本的な運動に対して、不思議な世界観を持っている。世界記録は9秒74でパウエルというジャマイカの選手が持っている(当時)けれども、彼がペットの犬を飼っていたら、たぶんペットに逃げられたら追いかけられない。犬のほうが早い。四本足の小動物にもかなわない、私たちは実は足が遅い生き物。だが、ただの動物以上に走ることに対してこだわり、探求心を持っている生き物でもある。なぜか50m9秒の人が8秒9になって喜ぶ。だからといって今の時代に何か得することがあるかといえばない。タイムが縮むことは生産性が高まるわけでもないし。しかし最近になってわかってきたのは、文明人には共通感覚がある。共通感覚を共有して、好奇心と感動を常に求めている。その中で「走る」というのは身体表現としてもっとも共通なものである。二本の足でヨチヨチ立った時代から、速く走ろうという好奇心に挑戦して速く走った人に対して「おお、すごいな」と思ったり思われたりする中で、自分たちの好奇心と感動をずっと開発してきたと思う。だから私は「走る」という行為は人類が一番最初に挑戦した身体表現、逃げるとか捕まえるとか生活の中の動作ではなく、所作、身のこなしだと思う。実は「身のこなし」は日本人が一番こだわりを持ってきた。機能的であり、美しく見せる。他人、第三者を意識する。自分が動いていることを他人に認めてもらう、意識してもらう、評価してもらう。なおかつ、すごく機能的、効果的、効率的である。日本人はこだわってきた。その中で走るというのは原点。
・100mのレースを見て、タイムは全部10秒台前半だとしても、8人の、一人ひとりの性格とか全部わかる。荒々しい性格とか、クールな性格とか、後半焦るタイプとか(笑)。どんなすました顔をしていても、ドンと全力で走るところを見ればその人の性格がわかる。
・コーチから見て、「今日なおすべきところ」「10年後に花開かせたい」ではちがうが、「毎日毎日が勝負」。「今日この瞬間に完成させよう」とは思わないが、「今日この瞬間をこういうふうにしてほしい」はある。それがもしかしたら10年後か5年後につながるかもしれないと思うけれども、機械じゃないので計画通りに人間は成長しない。意識はするが、その通りに作り上げようとは思わない。今大事なのはこれが大事、幼稚園児にウェートトレーニングはさせない(笑)。幼稚園児なら今こういうことを一生懸命やってほしいと。マスターズのかたならこういうところをこだわってやりましょうとか。

サイエンス・サイトーク/高野進氏「誰でも伸ばせる運動能力 2008/3/2」はこちら。

【サイエンス・サイトーク】
高野進「もっと速く走る」2008年2月24日放送
高野進「誰でも伸ばせる運動能力」2008年3月2日放送

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サイエンス・サイトーク/高野進氏「誰でも伸ばせる運動能力 2008/3/2」
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2008年09月16日

サイエンス・サイトーク/武田邦彦氏(名古屋大学教授、資源材料工学)「食べ物をめぐるウソとホント 2007/2/25」

1年以上前になりますが、「サイエンス・サイトーク」の武田邦彦氏の回を紹介しておきます。食べ物についてはこのサイトでも農薬の問題、中国の食品の問題などを取り上げています。前シーズンには松永和紀さんの「食品報道のウソを見破る知恵」(2008年02月10日放送)もありましたので、近いうちに取り上げたいと思っています。

・生ゴミをたい肥として利用するのが盛んだが、実は非常に「危険」。細菌、有機物として危険なものがたくさん入っているし、一般的な家庭のゴミの中には電線(銅の細い線)とか電池が混ざっていることがあるので、大変危険である。
・まじめな人もいるが、いろいろな人もいる。元素系の毒物、たとえば蛍光灯が割れて、あわてて生ゴミの中に捨てると、水銀が入ってしまう。
・(日垣)生ゴミの中で腐敗が進み、毒物になることがある。またコゲなどは発ガン物質。
・生ゴミを何十年も使っていると、カドミウムや銅線などは畑にたまってきて、少しずつ悪くなってきて、どうにもならなくなってから気づく。給食を生ゴミとして集め、学校の畑にまいて野菜を作ると、汚いものがずっと継続的に入り、畑が傷む。
・ヨーロッパなどでは生ゴミは非常に管理されている。大量に鶏を処理するところ、ハンバーグ店などは素性のわかったものを一定量引き受けて品質を管理している。生ゴミの中の毒物について管理基準があり、それで使っている。実は、リサイクル以外の世界はすべてそうなっている。たとえば肥料の中には毒物が入っていないか、適切かどうかすべて測定して肥料として売っている。ところが「リサイクル」という名前がついてしまうと、みんなどこかへ抜けてしまって、製品を測定しようとは思わなくなる。
・リサイクルは正しいという先入観が最初にできてしまって、「リサイクル商品」と書くと環境に優しいとみんな思ってしまう。その中に毒物が入っているかどうかもチェックを忘れてしまう。もしくは、リサイクル品のチェックはまったくされていない。
・リサイクル商品・製品のほとんどは固体。これは毒物がどこかについていても、全部を洗わないかぎりどれぐらい入っているかわからない。工業的な製品は必ず原料のところでチェックする。原料は比較的均一なので、そこで水銀は入っているか、カドミウムは入っているか、部品や食品はちゃんとできる。ところがリサイクルはまとめて集め、固体なので測定もできない。そのまま使われている。その一番危険なものは食品である。
・リサイクルは出す側の論理で考えている。食べ残しがあるからどうかしてくれと。建築リサイクルでも、ビルを壊すからガレキをどうしてくれると。言葉は悪いが「東京の論理」。ところがそれを受け取るほうは畑、地方。汚い生ゴミやガレキが来てもらっても困る。今の環境論は力が強い人が勝つので、仕方がないが、出すほうの論理。
・(日垣)自然のためといいながら、けっこうエゴイスティックな、自分たちが見えないところにいってくれればよいということ。
・食品リサイクルについていえば、受け取る側、つまり日本の農業から見てどうなのか。日本の農業はご存じの通り、カロリーベースで40%しか自給率がない。畑の面積ベースだとわずか25%。75%が輸入している。そして輸入している食品の40%を食べ残している。農業に従事している人は日本は格段に違っていて、欧米の農業従事者の平均年齢は40歳前後。日本は60歳を超えた。破壊されている日本の農業に、さらに食品リサイクルと称して都会の食べ残しを持ってくる。それが日本の農業の将来に対してどうなのか。そういう視点から食品リサイクルを考えるべき。出す側から考えるのではなく、受け取り側から考える。そして日本の農業を育てていくようにして考えていかないと、基本的な解決はむずかしいのではないか。
・(日垣)農業の大学に行っている自分の二人の子どもは、日本の世論は考えかたが厳しいと言っている。消費者優先主義だが、鳥インフルエンザの時もたくさん鳥が焼却されてしまう。人間の食べ物のために鳥が殺されてしまうのは農業を破壊する。農家の中には自殺者が出たり、経営が続けられないといっても、鳥を焼き殺せと。それを誰も悲しいと言わないのは、これから農業をしようという学生にはかなりしんどい。
・日本人は今、食糧は、金さえ出せば外国から無尽蔵に持って来られる。しかし世界では現在8億人ぐらいの人が餓死寸前にある。外国では日本に輸出する畑は非常によくて、現地人の畑はとてもひどいというような例が多い。その状態は日本人には見えない。建築リサイクル法ができたり、食品リサイクル法ができたり、お金があればなんでもできると環境問題を考えようとしている。だから農業をやっている人は大変残念な思いをしている。われわれは基本的には日本の資源で生活し、日本で取れる食物で生活するという環境を作るのが、環境問題の基本にある。その意味で非常にゆがんだかたちで出ているのが食品リサイクルや建築リサイクル。
・(日垣)日本人は鶏とは非常に長くつきあってきた。鳥インフルエンザの鳥を食べることもずっとあった。それで大過なくやってきた。今、鳥インフルエンザが、万々が一遺伝子が変わって人間にうつり、蔓延すると大変だとしても、それはどんな動物の感染症でも起こりうる。非常に少ない可能性のために鳥を全部焼きつくしてしまうのは、かなり恐いことだと思う。
・鳥インフルエンザは江戸時代からあり、正月に七草がゆを食べるのは、春になると渡り鳥が来る。カモが鳥インフルエンザの常時保菌鳥、発症しないけれども保菌鳥。それを常時食べるため、体力をつけておかねばならない。そのために七草がゆが出てきた。自分がそういう鳥などの生物と暮らしているという実感がともなうと、鳥インフルエンザに対する社会の態度もずいぶん変わってくる。冷凍食品が悪いわけではないけれど、われわれは今、動植物の命をいただいて生きているという実感を味わうことが大変にむずかしく、空中に浮いているようなものだ。四角い凍ったものをチンとすれば鶏肉になる。そういう時代なので、鳥インフルエンザの騒ぎのような無意味な、われわれの人生や生活と離れた議論に発展してしまう。事実をよく見て。鳥インフルエンザは昔からあって、それと一緒に生活してきた。動物の病気は必ずあるものだ。それが人間にうつるときもあるし、そういう中でわれわれは昔から過ごしてきたのだというところに立ち返るべきだ。
・(日垣)狂犬病は致死率100%であるが、狂牛病(BSE)のように、目玉や脊髄、小腸の一部だとか、極端な部位を食べても感染する率は非常に低く、まったく日本人はそういう部分は食べないにもかかわらず、狂牛病(BSE)が大騒ぎになり、とにかく一頭たりとも、みたいな、鳥インフルエンザと共通するような、気持ちは理解できるし、今のマスコミの論調とは違うので、なに言ってるんだと言われかねないけれども、現実にはBSEは恐るにたらずと言えそうだと思うのだが。
・二つあると思う。一つは科学的な知識、データを正確に見る、もしくは正しいデータがみなさんに供給されること。もう一つは狂牛病や鳥インフルエンザがそうだが、江戸時代になぜ鳥インフルエンザが平気だったかというと、自分の身の回りのことを自分で判断できた。今は社会があまり大きくなりすぎて、自分の感覚だけで判断できないことが増えた。これが市民感覚とか、生活者の判断とかと少しずれてきている。社会全体の発達や拡大と環境問題は密接に関係している。その意味で、データをしっかり見る、また社会が大きくなったときに身の回りのことをどう考えるか、これが環境の基本。自分の身の回りのことと広い世界のことをどういう関係でとらえるか、この二つが漸進していかなければならない。
・(日垣)BSEの発生形態から考えると、クロイツフェルト・ヤコブ病は日本にも古くからあり、現在も患者がいる。それはBSEとは関係がない。毎年何百人が亡くなっていくクロイツフェルト・ヤコブ病には関心を持たないで、一人たりともBSEで亡くなってはいけないというような議論はおかしい。
・実際にそういう人を身の回りに見たり看病したりしていればわかる、全部架空の話なので。数字だけの話なのでわからない。
・(日垣)BSEに感染した牛を食べても感染する率よりは、何百倍も何千倍も交通事故で死んでいく人のほうが多いというと、それは違うと言われ、説得するのがむずかしい。危険性の確率をきっちりわきまえていくと、本当に日常的に危険なものはわかりやすい。他局だが「あるある大辞典」で、もちろんねつ造するのは100%悪くて、報道する側の倫理の問題で、聞く側が悪いというのは言いにくいけれど、納豆を毎日2パック食べてやせると2週間で3.5kg痩せるとか、それは下痢したんじゃないのかと言うような感じがするのだけど(笑)。簡単に信じてしまう、リサイクルが良いというと全部良い、納豆が良いというと全部良いとか、わさびが効くとか、わさびなんて毒は毒なんですけど、素直といいますか(笑)、このあたりは伝えかたの問題のような気がする。
・私も資源とか環境の専門家だが、専門家がどんなに自分の立場が悪くなろうと、専門家として正しいことを発言するというのが非常に大事。それがご都合主義になったりしてはいけない。「そういうことが起こるのはマスコミが悪い、専門家が悪い、社会が悪い、自治体が悪い」といろいろいわれるが、その点では絶対に「専門家が悪い」というのが私の意見。専門家が自分の立場で発言してはいけない。どんなに迫害されても、専門家は自分の専門として正しいと思うことをいわなければならない。それが少しずつ社会に浸透していく。
・鳥インフルエンザのときも、ある専門家は言っていた。「鳥を徹底的に退治してはいけない。昔から日本人はカモなどの保菌鳥を食べながら体の中にウィルスに対する免疫を作ってきた。その事実を今度もちゃんとふまえなければならない」と。これは京都に一番最初に鳥インフルエンザが出たときにある免疫の先生のコメント。そのときはそういうコメントを出すと袋だたきにあう状況。
・自分のことでいうと、リサイクルをはじめようというときに、私がある学会で、「リサイクルするとよけいに資源を使う」という学問的発表をした。そのときに会場から「売国奴」といわれた。私は科学を専門としていて、学会で発表して「売国奴」といわれたのはあのときだけ。専門家が専門として正しいと思うことを発言しにくいという雰囲気でもある。だけれども、専門家はそれを超えて、自分の学問に忠実になるしかない。
・(日垣)納豆じたいはいい食べ物で日本人は長くつきあってきた。日本の専門家に「二日で痩せる成分が納豆に含まれているといってくれ」といって断られるので、海外まで出かけていって、それに近いことをいってくれたらもういただきと(笑)。これは作り手の問題だったけど、専門家の側も鳥インフルエンザやダイオキシンのときに、とにかくそれを全部退治しなければならないんだと。その結果もっと環境破壊になってしまうようなことでもつい言ってしまうという専門家もいた。それは責められないし、データとして正しいかどうかもマスコミの中で議論されない。どんどんいって、次はBSE、次は…… トピックスを作ってそれを全面的に退治しようというような議論になって、今度はそれを忘れて次のテーマにいってしまう。これに対し、個人は専門家の意見にきっちり耳を傾けたり、どういう構造になっているのかと知識をつけて行かなくてはいけないのか、それとも古来日本人は知識がなくてもほどほどにつきあってきた、というようなところに戻ったほうがよいのか?
・社会がここまで高度化してくると、自分の感覚の中で生活するということがなかなかできなくなってきた。リサイクルもそうだが、自分で実際にリサイクルしている間は、こういうものは捨てていい、こういうものは使えると自分の感覚でわかる。だが、今はリサイクル箱に入れてしまえば、ゴミ箱の隣にリサイクル箱があり、ゴミ箱に入れるのと同じ。だがリサイクルに入れると良いこと、ゴミ箱に入れると悪いことと、自分の行為と結果がバラバラになる。そういう社会の中では、専門家がかなりしっかりしていないとまちがう。現代社会の架空性の中では専門家が重要。発言をしっかりとする、どんなに世の中がずれていてもずれないといったことが求められる。これはマスコミも同じ。
・(日垣)戦後はDDTでマラリアの感染を立つために、GHQが日本人の頭にバンバンまくようなことをしていた。だがDDTが全世界で禁じられるようになった。身体にとっていいものでないことははっきりしていたが、DDTがなぜ必要だったのかというと、マラリアなど人命をどんどん奪っていくようなものをストップさせるのに有益だった。ところがある時期から100%悪者になってしまった。そういうときに専門家がいい面と悪い面、リスクとベネフィットをきちんと言ってそれを聞くということがあったら、あんな極端なほうへはぶれなかっただろうと思う。そうしたことを何度も繰り返してきたように思う。
・環境問題は弱い人に目を向けているように見えて、現実的、歴史的に見た環境問題とは常に、強い人が弱い人をやっつけるというかたちで進んできた。今のDDTが一番いい例だが、マラリアの殺虫剤としては非常にいい薬で、目の前でマラリアにかかって死んでいく、だいたいは子どもだが、そういう村ではDDTさえつけば子どもは助かる。現在でもそう。ところが先進国でマラリアがなくなった瞬間に、DDTの規制が始まった。先進国にはもうマラリアはいないから、自分がちょっとでも気に食わないもの、毒になるものは全部排斥してしまう。そこからわずか1000kmぐらいいったところにはまだマラリアがあって、多くの子どもたちがどんどん死んでいっている。そういうときでもストップしてしまう。しかし環境問題は全体のことを考えなければならない。今言われたように、DDTを排斥した歴史、DDTを「悪魔の粉」と言った人たちが多い。全部先進国。環境問題は今でもそうした問題が強い。声の大きい人、力の強い人が環境問題を支配してしまう。でも環境問題は、片隅でそっと死んでいく人たちに目を向けることをうたっている。そういう意味ではDDTの使いかたをよく考え、一刻も早く、マラリアで死んでいく年間百万人(推定)といわれるを救ってあげることが大切。
・(日垣)0か100かみたいに、自分たちが助かったらそこでもう使わない、必要な人にも使わせないような議論のしかたを、今晩を機に考え直して頂けたらよいと思う。

 環境問題を「錦の御旗」のように掲げることがよくあります。しかし、「絶対善」や「絶対悪」があるわけではない。結局はバランスを考えることが大切ですね。私も、自分がどちらかというと極端に走るタイプであると自覚していますので、気をつけたいと思います。また、武田氏は毀誉褒貶いろいろあるかたのようですが、このかたが科学にとって誠実なかたではないとしても、「絶対悪」という極端なこともまた、ないと思っています。

【サイエンス・サイトーク】
武田邦彦「食べ物をめぐるウソとホント」2007年2月25日放送
武田邦彦「リサイクルは幻想か?」2007年2月18日放送
松永和紀「食品報道のウソを見破る知恵」2008年02月10日放送

【関連記事】
サイエンス・サイトーク/青沼陽一郎氏(ジャーナリスト)「中国食品、本当に大丈夫? 2007/12/9」
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