2013年01月28日

「私」がなりたかったもの。

私、勉強はできたのです。しかし、勉強ができるよりもっと、やりたかったことがあった。たとえば、野球がうまかったら、楽しかっただろうと思います。

子どもが野球をしていて、しかもうまい! 内野のゲッツーを見て、思わず叫んでしまうことが!

歌を歌っていて、これでギターでも弾いたらサイコーだろうと思う。私は「F」ができなくてギターを弾くことをあきらめましたよ(早いね)。

ジャグリングが好きで、ボールを投げているのですが、私はあまりうまくはない。そうしたらいつの間にか、子どもがボールを投げている。そして、次々と技を習得していく(らしい。私は直接見ていません)。

妻が、子どもが私に似てきたと言います。しかしそれはちがう。彼は、私がなりたかった人になっていっているのです。

期待は裏切られるものですから、あまり期待はしていません。「自分のようになってほしい」とは思ったことがないので、「自分の名前から1字取って子どもにつける」など考えたこともなかった。それでも彼は、私に似ていて、そして私より少しよい。

でもまだ、学校の成績は私のほうが上。って張り合ってどうすんだよ(笑)。

自分のやりたいことをすればいいと思うので、私から何か「あれをやれ」「これをやったら?」と話すことはありません。しかし、それは私がやりたかったことなんだと思うことが多く、本当に「私がなりたいものになっている」ように思います。

あいつはまだまだ、成長していく。私も負けたくないと思っています。
posted by zxcvaq at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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