2011年03月04日

戦場には行けません。日垣隆編著「戦場取材では食えなかったけれど」

第1,143回。

日垣隆編著「戦場取材では食えなかったけれど」幻冬舎新書、¥777

私は将来、戦場取材という職業を選択することはありません。あこがれ、ならないとは言えません。しかし砲弾の飛び交う中を、カメラを片手に走り回るなど、まずできない。戦場(戦闘)がみたいなどという発想はまったく理解できない。大切な家族を残しては死ねないからです。

ですから、馬渕氏の「嫁さんをもらったら戦場カメラマンはもう終わりだとさえ思う」(p.142-143)にはとても共感しました。家族を残して戦場取材へ行くなど、想像できない。日垣氏も、この本の冒頭で同じことを述べていらっしゃいます。日垣氏は1994年11月、取材のためにルワンダへ行こうとして、反対する妻と大げんか、結局取材には行かなかったのだが、彼が乗るはずだったチャーター機が墜落し、予定どおり乗っていた共同通信の沼沢均記者が亡くなったとのこと。葬儀の場で家族の様子を見て、「沼沢君よ、俺たちはとんでもない間違いをしでかしたらしい。自分らだけが格好いいことを言っていても、こんなに家族を悲しませてはいけない」(p.18)。

「かんたんに死ねないな」とはいつも思っています。「男は守りに入ったらダメだ」などとよく言われますが、私はディフェンス一辺倒。ただしかなり積極的なディフェンスです。自転車に乗るときなんか夜にはぜったいにライトはつけますし、反射たすきも必ずします。「死ねば保険金が入るから」というのはそのとおりなのですが、家族に喪失感を味わってほしくないのです。お金が入ればよろこぶなんてこと、たぶんうちの家族はないだろうと思いますし、それは私にとって妻や子が保険金では代えられないのと一緒。喪失をお金で埋めることはできません。「だから保険はかけなくてよい」とは思いませんが。

ところで、戦場取材に身を投じる人々、やっぱり私とはちがう。傭兵などもってのほか! あらためて認識しました。戦いなど見たくないし、全世界の人々が争いなく、平和に暮らしてほしいと切に願っています。中東や北アフリカの情勢が気になります。日垣氏もリビアに行かれる由、メルマガにありました。お願いですから、無事に帰ってきてください。


posted by zxcvaq at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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